ブログ

牧師の思い出 パート2

 俊子牧師について、今も強く、印象深く心に残っています事は、人として、クリスチャンとして愛情と、厳しさ、峻厳さがあった事です。


 私達は聖書に触れて、愛と赦しを知っています。しかし、その愛を知ったものとして、どれくらい人のものさしで罪を許容し、ごまかしているでしょうか?世の中、社会の中で生きていく上で、譲歩し、罪をごまかして生きているでしょうか。


 俊子牧師は、聖書を神の言葉として、人のものとして、私のものとして、与えたりする事はありませんでした。


 御言葉を取り次ぐ役目として、厳しく、時に相手が辛くなる程、相手に叱りました。離れて去る人も、教会に残る人も、俊子牧師の言葉が真実であった事と、言葉の裏側まで、しっかり、その後、その人にとって有益になる事マイナスになる事、呑んだ上で、自分自身はどう思われても良いから、真実に相手を傷つけたという事です。


おととし、同じ事を「新生バプテスト教会」の田中博先生も話されましたが、今、私達が生きる世の中がどれくらい聖書の価値観からはずれ、ともすれば私達クリスチャンも人から嫌われたくはないが故に真実をゆがめ、打算して生きているでしょうか。


 たとえば、僕は中学時代、日曜礼拝に聖書、聖歌を忘れ教会へ来た事がありました。牧師は、とってきなさいと言われました。


 普通の教会なら聖書、聖歌を貸したかもしれません。しかし、私はその前の日に、しっかり日曜礼拝に備えた態度ではなかったのです。


 僕はそんな俊子牧師に会えた事を感謝しています。それと同時に、今の現状を見ると、色々な歩みの中で、ごまかし、辻つまを合わせながら生きる自分を見て腹が立ちます。生ぬるい自分を見て、残念に思います。仕事が出来るではなく、見えない神に対する、姿勢が曖昧なのです。畏れがない、聖書を読む、ただ祈れば良いというのではない。もっと人として厳しくありたい、義に飢え渇くというのでしょうか。


 俊子牧師を思い出す時もっと人として、正直にありたい、率直でありたい、神様に対して眞実でありたいと、人がどうか、自分がどうかではなく、そう思うのであります。


 私は十代の頃鬱でした。

入退院を繰り返し、周囲の友達は皆進路、進学が決まって、焦って次の目標も定まらず不安定に毎日を過ごしていました。


 劣等感と焦りにさいなまれ一時自宅へ帰り牧師の家へ電話しました。


 「俺、偽善者だと思う、地獄行きだと思う」

 「おばちゃんが天国へ連れてってやるからそんな悲しい事言わないで」


 どこの教会の牧師も魂の責任まで負えないのに、牧師はこういった言葉で励ますのでした。


病院へ帰る時「愛しているから、元気でいてね」と電話がありました。


 牧師として厳しさの中に愛がありました。

そんな俊子牧師に出会えた事を心から感謝して、今日の僕があるのだという事を覚えて一日、一日を歩んでいきたいと思います。

T.A・・・31歳

27回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示